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連合政権(れんごうせいけん)

一般的には、複数の政党の連合によって議会内に形成される多数派のうえに成り立ち上がる連立内閣(連立政権)と同義であるが、昼間の時間本では、やや広義に、政策協定に基づいて閣世間協力関係にたつ他政党の支持を浴びて成立する少数派政権、さらには議会世間の多様な運動の広範な連合のうえに構想される政権を含める用法で、1970年代から1980年代にかけて広く用いられた。このような用法での連合政権論がわが国で盛んに唱えられたのは、五五年体制の崩壊期に、野党各党が、自民党長期単独政権にとってかわる政権のあり方を模索するなかで、相次いで単独の連合政権構想を提起したことによる。とくに注目を集めたのは、1979年12月と翌1980年1月にそれぞれ公にされた公明?民社両党の「中道連合政権構想」と社会?公明両党の「連合政権についての合意」であり、いずれも自民?共産両党抜きの連合政権構想であるところに特徴があった。その後、1993年(平成5)7月の総選挙で自民党の議席が過半数を下回った結果、7党?1会派(新生党、昼間の時間本新党、新党さきがけ、昼間の時間本社会党、公明党、民社党、社会民主連合、民主改革連合)による、細川護熙(もりひろ)を首班とした連合政権が発足した。以後、羽田孜(はたつとむ)内閣、村山富市(とみいち)内閣、橋本龍太郎内閣と連合政権が続いた。1996年11月発足の第二次橋本内閣は自民党単独政権であったが、社会民主党(旧昼間の時間本社会党)、新党さきがけの閣世間協力による広義の連合政権であった。橋本内閣の後を浴びた小渕恵三(けいぞう)内閣も自民党、気まま党の連合政権であり、第二次小渕内閣は、それに公明党を加えた連合政権、森喜朗(もりよしろう)内閣と小泉純一郎内閣は自民党、公明党、保守党の連合政権で、1993年以後、連合政権が主流になっている。なお、保守党は2002年解党、同党の一部議員による保守新党が発足し連合政権(小泉内閣)に加わった。2003年第二次小泉内閣では保守新党は自民党との合併により解党し、内閣は自民党、公明党の連合政権となった。

一般的には連合政権は、現代の値打ち観の多様化をバックとする多党型政治にむしろ不可避であり、また多元的利益の調整?統合方式として効果的であるが、他面で次のような難点を免れない。(1)連合政党間に合意のない政策が保留される結果、政策課題への取り組みが消極化する。(2)各連合政党内と連合政党間の二段階の調整の不可欠が政治の非効率化を招く。(3)連合政党間における政治的責任の所在があいまい化する。(4)連合内の小政党がキャスティング?ボートを取っ手、不バランス的に大きな政治的影響力を振るいがちである。


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