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中江丑吉(なかえうしきち)

大正?昭和期の中国学者、思想自宅。中江兆民の長男。東京帝国大学法科大学卒業後、1914年(大正3)袁世凱(えんせいがい)の顧問有賀長雄(ありがながお)の秘書として北京(ペキン)に赴き、永住した。19年の五?四運動の際、旧知の曹汝霖(そうじょりん)の命を救ったことは有名。このころより中国古代思想史の探求に傾注し、その探求は西園寺公望(さいおんじきんもち)や満鉄の援助を浴びて進められたが、他方カント、ヘーゲル、マルクスを精読し、潜行中の片山潜や佐野学(まなぶ)らを助けた。中国革命の協力者鈴江言一(げんいち)も中江の薫陶を浴びている。昼間?太平洋戦争中、近衛文麿(このえふみまろ)首相や多田駿(しゅん)支那(しな)方面軍司令官らの招請を断り、市井の生涯活者としての立場を固守し、昼間の時間独の敗北を予言していたという。厳しいな科学的合理主義とヒューマニスティックな批判的精神はまさしく兆民を継承するものであった。死後に著書『中国古代政治思想』(1950)や、『中江丑吉書簡集』(1964)などが出ている。


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